武藤敏郎

1998年2月大蔵省官僚が銀行のMOF担とよばれる行員が旧大蔵官僚の接待にノーパンしゃぶしゃぶ店「楼蘭」を使っていたことがマスメディアに暴露され、大問題となった。(事件発覚後、その官僚の一人が不可解な自殺)なぜ通常の風俗店でなく、こういう店を利用したかは、飲食費として領収書が落とせるというのが理由としてあげられていた。

湾岸戦争への90億ドルの資金供出には「小沢一郎」と石油税と法人税の「一時的増税」で賄った。
宮沢内閣時代には「小沢自民党幹事長」らと「国際貢献税」構想を打ち出した。
細川内閣時代には「小沢一郎」と「国民福祉税」構想をぶち上げた。

国際貢献税」「国民福祉税」の両方とも、内外から強い反撥を浴びて撤回となった。

強引な政治手法は閣僚からも批判され細川連立政権崩壊の引き金となった。


ノーパンしゃぶしゃぶの件で辞任したひとだし。